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東京地方裁判所 昭和63年(行ク)56号 決定

申立人 恵久漁業株式会社 ほか一名

相手方 農林水産大臣

代理人 岩田好二 古谷和彦 ほか五名

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人らの負担とする。

理由

一  本件申立ての趣旨及び理由

別紙一ないし三記載のとおりである。

二  相手方の意見

別紙四及び五記載のとおりである。

三  当裁判所の判断

本件執行停止申立ては、本件てい泊命令に申立人ら主張の違法事由はなく、本案について理由がないとみえるときに当たるというべきである。その理由は、以下のとおりである。

1  聴聞手続の瑕疵の有無について

(一)  本件疎明資料によれば、本件てい泊命令の経緯について次の事実が一応認められる。

(1) 水産庁が米国二〇〇海里水域内での我が国の遠洋底びき網漁船の違反操業について調査した結果、大浦漁業株式会社の経営に係る第一二八大安丸(以下「訴外船舶」という。)及び申立人らの共同経営に係る第八六恵久丸(以下「本件船舶」という。)が右違反操業をしていたのではないかとの疑いが生じた。そこで、水産庁の担当職員が、本件船舶の乗組員に対する事情聴取、NNSS(衛星航法装置)の記録紙の調査、魚倉、甲板等から採取した鱗等の調査をした結果、昭和六三年九月一二日(以下、昭和六三年については年の記載を省略し、単に月日のみで表す。)ころ、本件船舶が、七月から八月にかけて農林水産大臣が漁業を営むために漁船による立入りを禁止している外国二〇〇海里水域内において当該外国の許可なしに遠洋底びき網操業をしていたこと及び漁業法六三条において準用する同法三四条一項の制限又は条件に違反することが判明した。

(2) 右調査が行われていた九月五、六日ころ、申立人濱屋水産株式会社から水産庁の担当職員に対して取調べが終わつたようなので出漁させてほしい旨の要請が電話であり、また、九月七、八日ころには申立人両社の代表取締役である濱屋久が水産庁を訪れ、担当職員に対して右と同様の要請をしたので、担当職員は近いうちに聴聞会を開催し、処分決定をする予定なので、出漁してもすぐ帰港することになるから出漁を見合わせるよう勧告した。

(3) 九月一二日に水産庁は申立人らに対して処分をする方針を決定し、担当職員が濱屋久に対して電話で九月一四日に聴聞会を開催したい旨及び聴聞会の開催通知書を聴聞会に出席した際に直接手渡したい旨を申し入れたところ、濱屋久は右申入れを了承した。

(4) 九月一四日午後二時三〇分ころから、水産庁八階小会議室において、濱屋久が出席して聴聞会が開催され、午後四時ころ聴聞会は終了したが、議事録の作成に時間がかかる等の理由から濱屋久は夕刻に再度来庁することとなつた。なお、聴聞会の開催通知書(以下「本件通知書」という。)は聴聞会の開催に際して濱屋久に交付されたが、本件通知書には、漁業法六三条において準用する同法三四条一項違反及び指定漁業省令九〇条の二違反事件については、審査の上、近く相当の行政処分を課す予定であるから通知する旨の記載があつた。また、右聴聞会を傍聴しようとする者があつた場合にはその者の傍聴は禁止されていなかつた。

そして、同日夕刻、濱屋久は再度来庁したが、聴聞会議事録への署名は拒否し、一六日に再び来庁することとなつた。

(5) 濱屋久は九月一六日水産庁に来庁し、聴聞会議事録に署名、押印した。なお、聴聞会が開催されたのが九月一四日であつたため、議事録の日付も九月一四日付けとされ、また、濱屋久は、申立人恵久漁業株式会社の委任状を持参して聴聞会に出席したため、議事録への署名は申立人濱屋水産株式会社代表取締役の肩書を付してなされた。そして、前記調査の結果及び右聴聞会の結果に基づき、九月一六日付けで本件てい泊命令がなされた。

(二)  申立人らは、〈1〉具体的な処分内容を通知して申立人らに充分な弁明を行う用意をさせるべきであるにも拘わらず、相手方は申立人らに対して単に「相当の行政処分を課す予定である」と通知したのみである、〈2〉公開の聴聞が行われていない、〈3〉相手方は申立人らに対して弁明ないしは有利な証拠の提出の準備に必要な合理的な期間を与えていないから、本件てい泊命令は指定漁業の許可及び取締り等に関する省令(以下「指定漁業省令」という。)二〇条二項に定める手続に違反してなされたものである旨を主張する。

まず、申立人らの〈1〉の主張について検討するに、指定漁業省令二〇条二項が同条一項前段の処分をしようとするときは当該処分の相手方にその旨を通知すべき旨を規定した趣旨は、予め当該処分の相手方に処分の対象となる法令違反の事実を通知することにより、当該相手方が自己の為に弁明をし、自己に有利な証拠を提出することを可能ならしめ、もつて聴聞会を意義あるものとし、処分の適正妥当を図るところにあるものと解されるところ、右認定のとおり、本件通知書には漁業法六三条において準用する同法三四条一項違反及び指定漁業省令九〇条の二違反事件については、審査の上、近く相当の行政処分を課す予定であるから通知する旨が記載されているのであつて、右記載事項によつて申立人らは弁明ないしは自己に有利な証拠を提出することは十分に可能であると考えられるから、本件通知書が指定漁業省令二〇条二項に違反するものということはできない。申立人らは予定している処分の具体的内容を記載すべき旨を主張するが、行政処分を課すか否か、行政処分を課すとしてどのような内容の処分を課すかは聴聞会の結果も一つの資料として考慮して決定される(そうでなければ聴聞会を開催する意味はない。)こと及び現実に課された処分の内容が予想より重かつた場合には被処分者は異議申立ての手続の中でさらに弁明をし、自己に有利な証拠を提出できることに鑑みると、指定漁業省令二〇条二項が聴聞の開催通知書に申立人ら主張の事項を記載することまで要求しているということは到底できないものというべきである。

次に、申立人らの〈2〉の主張について検討するに、公開の聴聞とは、聴聞の傍聴を希望する第三者にその機会を与えて行われる聴聞を意味すると解するのが相当であるところ、右認定の申立人らに対する聴聞会では第三者の傍聴が禁止されていなかつたこと、聴聞会開催の時刻、場所からみて傍聴を希望する第三者が傍聴をすることは可能であつたということができるから、右聴聞会は公開の聴聞ということができる。申立人らは、聴聞の公開性を担保するためには少なくとも聴聞以前に「何人も傍聴可能である」旨を告知すべきであると主張するが、指定漁業省令二〇条二項の規定自体から聴聞が公開されることは明らかであり、また、右告知をすべき旨の規定も存在しないのであるから、処分予定者に対して右告知をすべき必要性はないというべきである。したがつて、申立人らの右主張は理由がない。

さらに、申立人らの〈3〉の主張について検討するに、右認定のとおり、本件通知書が申立人らに交付されたのは聴聞会の席上であつたが、右のように本件通知書の交付が行われることについては事前に申立人らの了承を得ていたこと、申立人らは九月初めころから本件船舶が法令違反の嫌疑で調査を受けていることを知つており、九月七、八日ころには近く聴聞会が開催され、処分が課されることを告知され、また、九月一二日には同月一四日に聴聞会が開催されることを告知されていたことは右認定の事実から明らかであつて、これらの事実に鑑みると、申立人らには弁明をし、自己に有利な証拠を提出するための準備をする時間が十分ではなかつたという状況は認められないのであるから、申立人らの右主張は理由がない。

したがつて、聴聞手続には申立人ら主張の違法事由はないものというべきである。

2  裁量権の濫用の有無について

(一)  申立人らは、まず、本件船舶と同一機会に同一違反事実の認定を受けた訴外船舶のてい泊期間が一〇〇日であるのに対して本件船舶のそれは二〇〇日であるが、訴外船舶と本件船舶との間には特に差別すべき合理的な理由がないから、本件てい泊命令は裁量権の濫用に基づくものである旨を主張するので、この点について検討する。

(1) 本件疎明資料によれば、本件船舶と訴外船舶は同一時期に違法操業の嫌疑があるとして調査を受け、九月一六日に本件船舶は二〇〇日間の、訴外船舶は一〇〇日間のてい泊命令を受けたこと、申立人らは、申立人濱屋水産株式会社所有の本件船舶を申立人恵久漁業株式会社が賃借し、これにより共同で遠洋底びき網漁業を営むこととし、相手方からその許可を得たこと、右遠洋底びき網漁業の共同経営による権利義務関係については、出資の割合、議決権、損益の配分割合、持分の割合、トン数の割合とも申立人恵久漁業株式会社が八〇パーセント、申立人濱屋水産株式会社が二〇パーセントと定められていたこと、申立人濱屋水産株式会社は、五月一八日付けで、その運航する第五恵久丸、第六恵久丸、第八一恵久丸が漁業法六三条において準用する同法三四条に違反する信号符号の隠ぺい等をしたことを理由としてそれぞれ六〇日間のてい泊命令を受けたことがあるのに対して、大浦漁業株式会社は処分を受けたことがないこと、申立人恵久漁業株式会社の発行株式はすべて申立人濱屋水産株式会社が保有しており、申立人らの代表取締役、取締役、監査役はいずれも共通の人物が就任していること、以上の事実を一応認めることができる。申立人らは、大浦漁業株式会社も昭和六二年六月から九月の間に四〇日のてい泊処分を受けた旨を主張するところ、本件疎明資料によれば、大浦漁業株式会社は、正当な操業で混獲したオヒヨウを持ち帰つたため、日ソ漁業関係に及ぼす影響を考え、水産庁の要請に応じて昭和六二年五月から同年九月の間に六〇日間自主的にてい泊したことが一応認められるが、申立人ら主張のように大浦漁業株式会社が処分を受けたことを認めるに足りる疎明はない。

(2) 右認定の事実によれば、申立人恵久漁業株式会社は申立人濱屋水産株式会社によつて実質的に支配されており、したがつて、本件船舶による漁業も申立人濱屋水産株式会社によつて実質的に支配されているということができるものであり、そして、漁業法五七条一項五号の規定の趣旨に鑑み、右のように当該船舶による漁業を実質的に支配する者の過去の違法行為は、その船舶に対する処分を決定する際一つの考慮要素として考慮することが当然できるものというべきであるところ、前記のとおり、申立人濱屋水産株式会社は五月一五日付けでてい泊命令を受けているのに対して大浦漁業株式会社は処分を受けたことがないのであるから、本件船舶に対する今回の違法行為を理由とする処分が訴外船舶に対するそれに比してより重くなるのは極めて当然のことであり、また、申立人濱屋水産株式会社が支配する漁業に従事する漁船が短期間に違法行為を繰り返したこと等に鑑みると、本件船舶のてい泊期間が二〇〇日で訴外船舶のそれが一〇〇日であるからといつて、相手方に裁量権の濫用があるということは到底できないものというべきである。

なお、申立人らは、遠洋漁業の操業は漁撈長の責任で行われるのであるから、過去に指定漁業者の運航する漁船が漁業に関する法令に違反する行為を行つたという一事で右指定漁業者が漁業に関する法令を遵守する精神を欠くということはできず、したがつて、申立人濱屋水産株式会社の運航する漁船が過去に漁業に関する法令に違反する行為をしたことを理由に重い処分を課すことは許されない旨を主張するが、特定の指定漁業者の運航する船舶が漁業に関する法令に違反する行為を繰り返すということは、当該指定漁業者には船長、漁撈長その他の乗組員の選任、監督ないしは操業に関する指示に落ち度があること、ひいてはその者が漁業に関する法令を遵守する精神に乏しいことの徴憑となるのであるから、過去にその運航する漁船が漁業に関する法令に違反する行為を行つたということを考慮に入れて処分の内容を決定することは当然許されるものであり、むしろ、そうすべきであるということができるから、申立人らの右主張は失当である。また、申立人らは、申立人濱屋水産株式会社の運航する船舶が過去に行つた違法行為と今回本件船舶が行つた違法行為とはその種類を異にするから、過去の違法行為を理由に重い処分を課すべきではない旨を主張するが、前記のとおり、右の違法行為はいずれも漁業に関する法令に違反するものであるから、右に述べたと同様の理由により、過去の違法行為を考慮することは当然許され、むしろ、そうすべきであるというべきであるから(漁業法五七条が、漁業又は労働に関する法令を遵守する精神を著しく欠く場合には指定漁業の許可を行いえないとし、また、同法六三条の準用する同法三八条一項において、指定漁業者が漁業又は労働に関する法令を遵守する精神を著しく欠くに至つたときには指定漁業の許可を取り消さなければならない旨を定めていること及び指定漁業省令二〇条一項のてい泊命令は指定漁業制度を維持するために設けられていると解されることに鑑みると、てい泊命令の内容を決定するにあたつては、処分対象者が漁業又は労働に関する法令を遵守する精神をどの程度有しているかが重要な要素となるものというべきである。)、申立人らの右主張は失当である。

(二)  次に、申立人らは、本件てい泊命令は、船長、漁撈長等の選任監督の不行届を理由に課する処分としては、合理的な範囲を超えた苛酷な処分であり、裁量権の濫用に基づくものである旨を主張するので、この点について検討する。

本件疎明資料によれば、本件てい泊命令によつててい泊を命じられた期間は本件船舶が許可を受けた漁業の盛漁期であり、本件てい泊命令により本件船舶の漁獲高は大幅に減少し、申立人らの経営に相当の打撃を与えることが一応認められるが、他方、申立人濱屋水産株式会社の支配する漁業に従事する漁船が一月にも違法操業を行い、その違法操業が日米間の大きな漁業問題になつたこと、今回の本件船舶の違法操業のため米国がソ連に対して我が国の北洋遠洋漁業の主要な漁場であるベーリング公海からの我が国漁船の締め出しを強く働きかけるという事態が生じたことが一応認められるのであつて、これらの事実に申立人濱屋水産株式会社の支配する漁業に携わる漁船が過去にもてい泊命令を受けたことがあることを考慮すると、本件てい泊命令が合理的な範囲を超えた苛酷な処分であるということはできないものというべきである。

四  よつて、その余の点について判断するまでもなく、本件申立ては理由がないから、これを却下することとし、申立費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 宍戸達徳 北澤晶 生野考司)

別紙一

申立の趣旨

相手方が申立人等に対し農林水産省指令六三水海第三一四号を以つてなした第八六恵久丸について二〇〇日間の停泊を命ずる処分の執行を停止する。との決定を求める。

申立の理由

一(1) 申立人等は、昭和六三年九月一七日申立の趣旨記載の同月一六日付停泊命令(<証拠略>)を交付され、同年一一月四日付で右行政処分に対する異議を申立て(<証拠略>)同月一〇日付水産庁長官宛上申書(<証拠略>)を提出し、昭和六三年一二月二日付執行停止の申立書(<証拠略>)を相手方宛提出したところ同月五日に至り異議申立を棄却する同月三日付決定書(<証拠略>)を受領した。そこで申立人等は御庁に対し昭和六三年一二月九日右行政処分の無効確認予備的に同処分の取消を求める訴を提起し、右訴は御庁昭和六三年(行ウ)第二一一号事件として現在係属中である。

(2) 昭和六三年八月一七日毎日新聞に「同月一四日入港中の二隻の北転船がマダラ、アカウオ、カラスガレイ等の底魚を水揚げしていた旨の記事が掲載された。昭和六三年度については、米国漁業専管水域(所謂二百海里水域)内での日本漁船に対する漁獲割当ては、零であつたので、日本漁船は、ベーリング海公海(ドーナツ状の狭い海域)で操業せざるを得ない状況であつた。そして同公海の様な深海に於ては前記の様な底魚が網に人ることは稀であることから米国漁業専管水域(漁獲禁止区域)で操業をした疑いが濃かつたため同月一四日釧路港に入港していた本船と、申立外大浦漁業株式会社の運航にかかる第一二八大安丸につき水産庁が調査を開始し、本船は昭和六三年八月一八日以降、指定漁業の許可及び取締り等に関する省令(以下省令という)第二〇条第一項後段に基き漁業法第一三四条一項所定検査のため同年九月一六日迄てい泊させられた。省令第二〇条三項によれば右てい泊期間は、一〇日間を限度とするのに、実際にてい泊を強いられた期間は実に三〇日に達した。

(3) 申立人等は、昭和六三年九月一二日遠洋課に呼び出され、申立人濱屋水産代表者濱屋久が遠洋課の指示に従い、申立人恵久漁業の白紙委任状を持参し昭和六三年九月一四日午後二時過ぎ遠洋課に出頭したところ、こちらで事情を聴きますからといつて農林省の建物8階にある奥まつた狭い小部屋(六帖間位の広さ)に案内され、中央の細長い卓をはさんで遠洋課職員三名と差向いに座らせられた。なお同人の右手うしろになつた扉は遠洋課職員により閉められた。

委任状は持参したかと促され、白紙のまま遠洋課職員に交付し、所要事項を書込んでもらつたところ、同日付の水産庁長官の申立人等宛て通知書を手交され一読したところ、「本船の法令違反事件については、審査の上、近く相当の行政処分を課す予定であるから通知するので弁明し、有利な証拠を提出する希望があれば、同日までに水産庁に出頭して弁明するか、又は有利な証拠を提出するようにされたい」旨の記載があつた。次いで遠洋課の職員から水産庁が何故本船が米国漁業専管水域(禁止区域)内で操業したと認定したかの説明を受けたが、申立人等としては、右操業を行なつたとの水産庁の認定自体を争うに足る資料は存在しなかつたので、前出濱屋久が「相当の行政処分」の内容を質問したところ「ここで言う訳にはゆかない」と拒絶された。

右事情聴取は、同日午後三時頃終了し、遠洋課職員に「文書を整理するから又来てくれ」といわれ、前記濱屋久が同日午後五時頃再び出頭したところ、調書が作成されており署名を求められたが、同人は余りにも急な話で二・三日考慮期間が欲しいといつて、署名を拒絶した。遠洋課職員にそれでは何日に来てくれるのかと念を押され、前記濱屋久は同月一七日、午前一〇時半頃出頭したところ、調書の表現がやや穏やかになつていたので、同調書に署名をした。

その途端遠洋課職員は用意していたいずれも昭和六三年九月一六日付の

(1) 本船に二〇〇日の碇泊を命ずる相手方の申立人等宛命令書及び

(2) 水産庁長官の申立人等宛右行政処分の履行を促す書簡を前出濱屋久に手交した。かくて本船は本件行政処分により昭和六三年八月二八日より同六四年三月一五日迄釧路港に碇泊を強いられている。

二 右行政処分は左記の点で違法な行政処分である。

(1) 本件行政処分は省令第二〇条第一項本文に基き行われたとされるが同条第二項に定める手続を踏んでいない。同条第二項によれば、「前項前段の規定による処分をしようとするときは当該処分の相手方にその旨を通知し、その者には代理人が公開の聴聞において弁明し、かつ有利な証拠を提出する機会を与えるものとする」とあるのに相手方は、

(イ) 本船につき申立人等に対し釧路港に二〇〇日間の碇泊を命ずる処分をしようとしていたにも拘わらず、その旨を申立人等に通知せず、「相当の行政処分を課す予定である」と通知したのみである(<証拠略>)。(本件の如き苛酷な処分を行なおうとするときには特に)具体的な処分内容を通知して申立人等に充分な弁明を行う用意をさせるのが同条項の趣旨であるのはいうまでもない。

(ロ) 相手方が水産庁海洋漁業部遠洋課職員を介して申立人等の代表者兼代理人である濱屋久を呼出して昭和六三年九月十四日行なつた聴聞は、農林省の建物8階にある奥まつたしかも閉め切つた小部屋で、遠洋課職員三名が濱屋久一名に対峙する形で行われており、場所柄からいつても公開の要素は皆無であるから「公開の聴聞」とはいえない。

(ハ) 加えて相手方は、出頭したその日に相当の行政処分を課す予定である旨通知し且つ弁明ないし有利な証拠があれば同日中に提出することを要求し、弁明ないしは有利な証拠の提出の準備に必要な合理的な期間を与えていないから結局申立人等は弁明ないしは有利な証拠の提出の機会を与えられていないことになる。

もし、相手方において、省令第二〇条二項の手続を踏んでおれば次に指摘する本件行政処分の不公平さ、あるいは度を越した苛酷さについて申立人等も充分な弁明を行い得たと思われる。いずれにしても、右手続は行政処分の相手方の権利、利益を保護し、且つ行政行為の公正を確保するための公益的規定であるから、これを欠く本件行政処分は処分内容の当否とは関係なく無効である。

(2) 本件行政処分は、省令第二〇条第一項に基き「漁業取締まり上必要がある。」ものとして行われたものであるところ、同一機会に摘発され、同一内容の違反事実の認定を受けた第一二八大安丸について行われた碇泊命令の期間が一〇〇日間であるのに比較すると実に二倍の碇泊期間である上、本船の二〇〇日の碇泊期間は、昭和六三年八月二八日から昭和六四年三月一五日にまたがるため、本船の操業区域(ベーリング公海及び限定されたソ連水域=<証拠略>)に於ける盛漁期の操業全てを不可能にしている。相手方は違反の態様に於て全く同じ両船に対する右の如き甚しい処分上の差別を申立人恵久漁業の親会社である申立人濱屋水産が過去に於て漁業関係法規に違反したため加重しても当然である(<証拠略>)と強弁するが、問題の第一二八大安丸の運航者である大浦漁業株式会社に於ても、昭和六一年一二月その運航にかかる第二大栄丸が禁止魚であるオヒヨーを水揚げしたとの理由で第一二八大安丸を処分の代船として昭和六二年六月乃至九月の間(同船の操業上の都合を容れて二回に分け)計四〇日の碇泊処分を受けている。この違反を不問に付してことさら秘匿し、「過去に違法を行つていない大浦漁業株式会社」として、申立人等と対比し本件行政処分を正当化しようとするのは明らかに正義と公平にもとるものである。

かように、同一機会に同一違反事実の認定を受けた本船と第一二八大安丸との間には、特に差別すべき合理的な理由はないのに、本船についてのみ前示の様な甚だしい不利益を課す本件行政処分は、相手方の裁量権の濫用の結果といわざるを得ないから、行政事件訴訟法第三〇条により取消すのが至当である。

相手方は、又、恵久漁業の発行する全株式を濱屋水産が保有し、両社の役員が全て共通しているから、濱屋水産が恵久漁業の経営を支配しているとみるのが適当であり、従つて第八六恵久丸に係る遠洋底曳網漁業の操業については、濱屋水産が支配しているとみるのが適当であり、そうである以上、濱屋水産が昭和六三年五月一八日付水海第一六九二号をもつて、第五恵久丸をはじめとする三隻の船舶の違法操業について濱屋水産が碇泊を命ぜられた過去の事実を勘案して加重処分を行うも不合理ではないと説示する。

成程株式保有及び役員兼任の関係から、申立人濱屋水産が申立人恵久漁業の経営を支配しているとみるのは、適当といえよう。しかし、遠洋漁船である第八六恵久丸の漁場に於ける操業について申立人恵久漁業やその親会社である申立人濱屋水産が支配しているとみるのは全く現実離れした見方である。遠洋漁船の操業(漁場、漁法、漁種の選択等)は、全て各船の漁撈長の責任で行なわれているのであつて、漁撈長以下乗組員を雇い入れる運航者は、出漁の都度これらの者が漁業関係法規に違反せぬ様申し渡し、安全に操業して無事帰港することを祈念することきり出来ない。(勿論違反した船長、漁撈長には、減給や雇い止め等雇傭契約上の制裁を課する余地はあるが)。漁業慣行では、漁撈長以下乗組員の給与は、少額の固定給と漁獲高に応じた歩合給とから成り立つているので、各船は他船から独立して操業しており、各船はあたかも夫々が漁撈長を支配人とする店舗を構成しているとみてよい。省令第二一条が相手方に対し船長等操業を指揮する者に対し乗組み禁止命令を発する権限を認めているのは右漁業慣行を前提としている。こうしたことを熟知している筈の水産庁が、或る遠洋漁船が母港を離れて、操業している現場も全て、運航者やその親会社が支配していると見るのは不可解である。もとより本件違反操業が申立人等の指示によつて行なわれたのでないことは相手方も調査の上確認ずみである。濱屋水産が、昭和六三年五月一八日付水海第一六九二号を以つて、第八一恵久丸、第五恵久丸、第六恵久丸について碇泊命令を受けた理由は、同年一月一四日頃右三隻の漁船を含む八隻が許可証裏面記載七項目の、「船体両舷側中央及び船橋楼の上部甲板に、空中又は洋上から明瞭に識別できるように一米以上の大きさの文字により信号符号を表示しなければならない」という条件に違反し、これら信号符号のある部位をタボーリンで蔽つて航走していたというものであつた。従つてこれら三船の違反は隻数に関わりなく、一回の違反として考えるのが妥当と思われる。

今回の行政処分の理由は、大別して、(1)「漁業法第六三条において準用する同法第三四条一項の制限又は条件」に違反したこと、及び(2)指定漁業の許可及び取締り等に関する省令(以下省令という)第九〇条の二に違反したこととされている。右(2)は、漁業禁止区域に新たに指定された米国専管水域内で操業したと認定したものであるが、右(1)の内訳は、(イ)裏面条件中四項目の操業日誌を正確に記載すべき義務及び(ロ)帰港中、位置記録紙の保持及び提出義務に夫々違反したと認定した旨の説明が昭和六三年九月一四日聴聞の折申立人等になされた。

右のことから、本船の違反の態様は、申立人濱屋水産運航の前記三船と全く異なることが分る。こうした違反の態様の相違は、仮に、これら全船が一社の運航に係る場合であつても、処分加重の程度を定める上で、可成りの意味を持つのではなかろうか。前記大浦漁業株式会社の過去の違反事実は、同社の運航する漁船が禁止魚を採つたというもので、本件の様に底魚を採つたというのと類似しているのに累犯加重を行わず、本船については、その運航者ではない親会社の過去の異なつた態様の違反事実を取上げて累犯加重をしているであるから、甚だしく片手落ちと言わなければならない。

漁船の碇泊命令の漁業会社に与える損害の程度は、その碇泊期間の長短と碇泊時期とによつて、大変に相異する。本件では本船の操業区域は、許可証の広い範囲の記載にも拘らず、実際には、(イ)ベーリング海公海と(ロ)限定された狭いソ連水域とに限られている。そして、それら漁場に於ける盛漁期は(イ)については、一一月乃至三月(ロ)については、一月乃四月である。従つて、昭和六三年八月二八日から昭和六四年三月一五日迄二〇〇日間の碇泊を命ずる処分というのは、実質的には本件許可期間内の盛漁期に於ける操業を全面的に禁止したものということになる。端的にいえば、許可の取消(漁業法上、許可取消の事由は限られている)に匹敵する処分を碇泊命令に名を借りて行なつたことになる。特に毎年一月乃至三月は限定されたソ連水域ではスケトウダラの抱卵期で所謂助子がとれるので、漁業会社としては、その収入の大半をこの時期の漁に依存している。

以上の事情を考慮すれば、第一二八大安丸と本船との処分上の差異は、単に碇泊日数が二倍であるといつた量的なものでなく、質的な違いであり本件違反について申立人等に対し、船長、漁撈長等の選任監督の不行届を理由に課する処分としては、合理的な範囲を超えた余りに苛酷な処分であり、この点でも相手方の裁量権の濫用というべきである。

本件行政処分の結果本船がてい泊した日数は既に一〇五日を数え、収入減のため、申立人恵久漁業が陥つている資金不足は本年一一月末で二億八千万円余りとなつており、更にこのまま本件碇泊命令の執行が停止されない場合は、信用不安となり銀行筋から融資を受ける道もなく、加えて、助子の盛漁期の操業による収入(約四億五千万円余り)をも失うので、前年度一億七千万円也の繰越損を拘えている申立人恵久漁業の倒産は必至である。他方本訴の追行には相当の日数を要するので、本案判決をまつていたのでは目前に迫る助子の盛漁期を徒過し更には二〇〇日の碇泊期間が満了し、本案訴訟を維持する利益が消滅して了うのは明らかである。従つて、申立人等は将に回復出来ない損害を避けるため緊急の必要があるので、行政事件訴訟法第二五条により本件行政処分の執行停止の決定を頂き度く本件申立に及ぶ。

別紙二

反論書

申立人ら被申立人の昭和六三年一二月一四日付意見書の意見に対し次の通り反論する。

一 本件聴聞手続について

(1)被申立人は、指定漁業の許可及び取締り等に関する省令(以下、単に省令という)二〇条二項所定の「公開の聴聞」に関し、被申立人が聴聞の公開を禁止したことはなく、又、本件聴聞が行なわれた部屋の点は、公開の点とは関係ないと主張するが、公開性とは、聴聞の行なわれる時間・場所・広さ等が客観的に観て何人の傍聴をも許容することが認められる程度のものでなければならない。又、聴聞の公開性を担保するためには、少なくとも、聴聞以前に「何人も傍聴可能である」旨告知すべきである。従つて、本件聴聞が行なわれた状況からみると、公開性が担保されていたものとは到底認め難い。

(2) 被申立人が、意見書第二、一、3(15~17頁)で述べていることのうち、申立人濱屋水産株式会社代表者濱屋久が昭和六三年九月上旬に水産庁遠洋漁業課長に会つた際、同課長が同氏に対し近く指定漁業省令二〇条に基づく聴聞が行なわれることを予告している、と述べているが、濱屋久は、そのような予告を受けていない。又、被申立人は、同月一六日再度の聴聞が行なわれたかの主張をしているが、同人が同月一四日一九時過ぎに水産庁を訪れた折、聴聞会議事録を見せられ、それに署名を求められたところ、その内容に納得出来ず、「一七日頃顧問弁護士が米国から帰国するので、二、三日待つて欲しい」旨要請した結果、一七日に水産庁に出頭を求められた。同日午前一〇時半ごろ、同庁に赴いたところ、議事録を見せられ、表現がやや穏やかになつていたので、これに署名した。その途端碇泊命令書と水産庁長官の書簡を手交された。同命令に基づき、本船が釧路港に碇泊しているかについて、釧路支庁の役人の現認が必要であり、一七日は土曜日であつたため、その手配を急ぐ必要があつたが、同人は、翌日仙台で結婚式へ出席せねばならず、水産庁遠洋漁業課の一條係長に釧路の濱屋水産宛フアツクスを依頼したところ、同日午前一〇時五四分から同時五六分の間、右書類の写が、フアツクスされた(<証拠略>)。従つて、同人は一六日に水産庁に赴いておらず、同日再度の聴聞が行なわれたとする被申立人の主張は誤つている。

結局、申立人らは、<証拠略>記載の通り同月一四日の聴聞で、その日のうちに弁明ないし有利な証拠の提出を求められたのであり、その準備に必要な合理的な期間を与えられていない。

(3) 被申立人の意見書の記載からすると、被申立人は違反船を運航する漁業会社の代表者との面談、又は代表者からの事情聴収がそのまますべて公開の聴聞に相当すると認識しているかの節がある。しかし、省令二〇条二項の趣旨は、被申立人において事情聴取や調査の結果、違反する事実があると認め当該漁業会社に対し「てい泊及びてい泊期間を指定して当該船舶の停泊を命ずる」処分をしようとする場合は、「その旨」を相手方に通知し、公開の聴聞を開いて処分の相手方が弁明し、且つ有利な証拠を提出する機会を与えることにより相手方の権利を不当に侵すことのないようにし、且つ、処分庁においても内定した処分について再考の余地なきものか否かを確かめ、よつて処分庁の権限の行使に万に一つの誤りもないことを期する点にある。従つて、被申立人のように同条項に定める手続を軽視し簡略にしてはならない。現に申立人等は、第一二八大安丸が一〇〇日なのに第八六恵久丸が二〇〇日の処分を受けることを知つたのは、本件行政処分を受けた時であり、又、何故本船につき右のような苛酷な碇泊命令が出たのか、その理由を具体的に被申立人から示されたのは結局、異議申立に対する棄却決定を受領した時点である。それ故にこそ、異議の申立も行われ、本件訴訟にもなつているのである。

二 裁量権の濫用

1 被申立人は、農林水産大臣が大浦水産株式会社に対し、過去において省令第二〇条の規定に基づく碇泊命令を受けた事実はない、と主張し、<証拠略>(陳述書)一二頁で、「同社の第二大栄丸は昭和六一年一二月にソ連二〇〇海里水域から我国国内法上は違反行為とはならないがソ連の漁業規則上は漁獲の対象とすることが禁止されているオヒヨウ約二〇〇キログラムを持ちかえつたものであるが、これは正当な操業で混獲されたものを投棄せずに持ち帰つたものであります。日ソ漁業関係に及ぼす影響にかんがみ、水産庁からの要請に応じて昭和六二年五月及び九月において二回に分けて合計六〇日間自主的にてい泊したという事実が認められました。」と述べている。

被申立人は、第二大栄丸代船(第一二八大安丸と思われる)のてい船の事実は認めているが、同船のオヒヨウの採取は国内法上違反ではない、と主張している。

省令第一八条第一項に基づいて定められた昭和四二年農林省告示第六百八十二号(指定漁業の許可及び取締まり等に関する省令第十八条第一項の規定に基づく遠洋底びき網漁業、北洋はえなわ・さし網漁業又は母船式底びき網等漁業に係る操業に関する制限又は禁止の措置)の十(ニ)によれば、西経百七十五度の線以西のベーリング海の海域における遠洋底びき網漁業による体長六十六センチメートル未満のオヒヨウの採捕は、禁止されている。又、この海域中アメリカ合衆国の最大低潮時海岸線から沖合二百海里以内の海域では体長の如何を問わず、オヒヨウの採捕は禁止されているのであるから、第二大栄丸(第一二八大安丸は同一許可の下での代船)のオヒヨウの捕獲は国内法に違反していたことは明らかである。

又、昭和五九年一二月一四日発効の「日本国政府とソヴイエト社会主義共和国連邦政府との間の両国の地先沖合における漁業の分野の相互の関係に関する協定」(昭和五九年一二月一四日条約第十一号)に基づく一九八六年におけるソ連邦二〇〇海里水域での操業についての水産庁長官通達(六一水振第一〇一八号昭和六一年五月一二日)に於ては、おひよう類は、禁止漁種となつていて採捕してはならないとされている。(<証拠略>)混獲された場合でも、その場で最少の損害程度で速やかに海中に戻さなければならないとされている。

だとすれば、農林水産大臣が指定漁業省令二〇条の碇泊命令を発しなかつた理由が分らない。仮に、同碇泊命令が発せられなかつたとしても、被申立人も認めるとおり、水産庁の要請により右船が六〇日てい泊をしたことは事実である。右船は、昭和六一年一二月に完成した新造船である(<証拠略>)から、自主的に休漁したものとは考えられず、実質的な意味に於いては農林水産大臣からてい泊命令を受けた場合と同視できる。

2 漁業法第五二条、同法第五七条あるいは、六三条において準用する同法三八条が、許可を与えられる者から漁業に関する法令を遵守する精神を欠く者を排除しているのは、被申立人主張の通りである。

しかし乍ら、「漁業に関する法令を遵守する精神を欠く者」という認定がある指定漁業者の運航する船舶が漁業に関する法令に違反する操業を行つたという一事で、右精神を欠く者とするのは、短絡に過ぎる。蓋し省令第二〇条は、確かに違反操業を行つた船舶を運航する指定漁業者に対する制裁としての碇泊命令を定めているが理論的には格別に漁業者に無過失責任を認めている訳ではなく、当該船舶の操業を指揮する漁撈長以下乗組員に対する監督責任を課したものと考えねばならないからである。本件許可証に記載された代表者が申立人恵久漁業(同社の持分80%)であり、従つて、同社の主体となつて運航する本船の違反操業については、偶々同社の株を一〇〇%保有する申立人濱屋水産の運航する船に過去に違反操業があつたとしても、本船の漁撈長等に対する監督責任が認められない以上、これを許容する明文の規定のない本件で再犯として不利益な制裁を加えるのは明らかに背理である。又、申立人濱屋水産が申立人恵久漁業を設立したのは、申立人恵久漁業の運航する船をして、違反操業をさせようとしたためでもなく、又、本船についても申立人恵久漁業を通じて違反操業を指図していた訳でもない。こうした場合にさしたる根拠も示さず、あたかも申立人濱屋水産が漁撈に対する法令を遵守する精神を欠いているから本件が発生したかの如く主張するのは、余りに公務員としての客観性を忘れた議論と評さざるを得ない。

三 緊急の必要性

1 被申立人の助子の盛漁期一~三月におけるソ連水域での過去二ヵ年間の北転船の漁獲実績からその水揚高は、一隻当り、平均三三〇〇万円程度、最も多い船で九一〇〇万円程度であると主張する(<証拠略>)。確かにソ連水域(規制海域)だけからの水揚げを考えれば、右は正しいかも知れないが、北転船の場合、右期間中ベーリング公海(規制されていない海域)に於ても子持ちスケソーダラを漁獲するのであり、そこでの漁獲高を計算に入れれば、一隻当り水揚げは年間約六億から八億円となる(<証拠略>)。これを盛漁業期の三ヶ月間に引直してみると約四億円から五億円と見込まれるのである。現に本船の運航計画(<証拠略>)によれば、公海スケソー魚卵生産高は約四億円と見込まれ、申立人らの言う助子の盛漁期の操業による収入四億五〇〇〇万円は決して誇張した数字ではなく通常の水揚高である。一隻当り最大一億円若の水揚高を得るためにソ連邦に対し一隻四、〇〇〇万円若の入漁料を払うものは居ないであろう。

2 被申立人等は申立人等の主張する損害は純粋に財産的な損害であり、後に金銭で補填できると主張するが、申立人恵久漁業が倒産した場合の乗組員、従業員債権者等内外に与える影響はとうてい金銭に見積り得べくもなく、又、金銭賠償で現状に復するものでもない。被申立人等は申立人恵久漁業の繰越し欠損が年々減少しているからこの程度の収入減で倒産するはずがないとも述べるが、収支と資金繰りの問題とを混同するものである。(<証拠略>)

四 本件行政処分と公益性

被申立人は本件行政処分の維持がベーリング公海に於ける日本漁船の操業を国際的に確保するために必要であると主張する。

しかし乍ら、我が国漁船によるベーリング公海に於けるトロール漁業や、公海流し網漁業の操業に対する米国の関心は資源保護、環境保全等の観点から行われている(<証拠略>漁業白書五七頁)のであつて米国専管水域内での不法操業とは直接関係がない。後者の問題は、日本国内に申立人等の関知しない底魚の闇市場があり、組織的な違法操業が行なわれるため米国から日本向に輸出される底魚の値段が上らないのではないかという米国側の根強い疑惑があり、その解明のため日本政府の調査協力を求めるといつた抜本的な要求が米国に根強い点にある(<証拠略>参照)。従つて、米国側にして見れば単発な違反操業に対する日本政府の処分の当否といつたことには余り関心がないのである。このことは被申立人職員が本年九月二八日米国北太平洋漁業管理理事会に於て本件行政処分の前例のない苛酷さを強調したにも拘らず、米国側にはさしたる反響もなく、本年一二月六日以降の同理事会に於ても、日本側の準備にと拘らず、違反操業問題については、米国側から何らの質問もなされていない点からも明らかである。

まして、司法権と行政権の分離が明白な米国に於いて、日本の裁判所の命令で違法な行政処分の執行が停止されたからといつて、被申立人の述べるが如き、米・ソと日本国との関係に、悪影響があるなどということはない。 以上

別紙三

反論書(第二)

申立人らは被申立人の昭和六三年一二月一九日付意見書(二)の意見に対し次の通り反論する。

第一本件行政処分を加重した理由の不当性について

一 被申立人は、漁業法五七条及び同法六三条において準用する同法三八条は、指定漁業を営むため同法五二条の許可を有する者に対して、漁業に関する法令を遵守する精神を要求していると主張する。申立人等はその限りでは、別に異論はない。被申立人は更にこれら条項は許可を有する者がどのような名目によるのであつても漁業に関する法令を遵守する精神を欠く者によつて支配された経営によつて指定漁業が営まれることを禁じているとも主張する。

この後者の主張は不正確である。

漁業法第六三条は、「指定漁業の許可××××に関しては、×××第三八条第一項及び第五項×××の規定を準用する」と、規定し、更に第三八条第一項中「第一四条に規定する適格性を有する者でなくなつたとき」とあるのは第五六条第一項第一号又は、第二号に該当することとなつたときと、読み替えるものとする旨規定している。

その結果、指定漁業の取消については、同法第三八条一項により「第五六条第一項第一号又は第二号に該当することとなつたときは、主務大臣は指定漁業の許可を取消さねばならない」ことになり、第五六条第一項には、申請書が同法五七条に規定する適格性を有する者でない場合とあるので「漁業に関する法令を遵守する精神を著しく欠く者には、指定漁業の許可もしないし又付与した許可も取消す」旨定めていることになる。そして、被申立人は、同法五七条第一項五号に「第一号××××の規定により適格性を有しない者が、どんな名目によるのであつても実質上当該漁業の経営を支配するにいたる虞があること」と規定しているのであるから申立人濱屋水産の過去の許可条件違反の事実は、その子会社である申立人恵久漁業の本件違反操業に対する行政処分の加重原因としなければならないものであるかの如く主張する。

二 しかし乍ら、被申立人は右主張を行うに当り次の点を看過している。

(1) 申立人濱屋水産が運航する漁船が本年始め許可条件に違反した一事をもつて、同申立人を「漁業に関する法令を遵守する精神を著しく欠く者」と断定することができないことは、同申立人に限らず他社運航の同一機会における関係違反船五隻についても、被申立人自身本年八月一日以降周年の許可証を付与していることから明らかである。

(2) 第八六恵久丸遠洋底びき網漁業許可証は申立人濱屋水産と申立人恵久漁業の共同経営体(即ち組合)に与えられているのであり、本件許可証(<証拠略>)から明らかなように右組合の代表者は、申立人恵久漁業であつて、申立人濱屋水産の持分は二〇%にきり過ぎない。従つて、被申立人も申立人等の異議申立てに対する決定中で説示する通り「当該共同経営についてみると出資、議決権、損益金の配分、持分及びその数の割合が申立人濱屋水産二〇%申立人八〇%の共同経営であり、申立人恵久漁業がその経営を支配していると見るのが適当である」(<証拠略>参照)のである。換言すれば第八六恵久丸を使用して行う漁業の経営については申立人濱屋水産は、支配していないと見るのが正しいのである。

註 遠洋底びき網漁業の許可は、各船毎に付与されるので、複数の漁船を運航する運航者に一個の許可が付与される訳ではない。

そして各船は、他船から独立して夫々が漁撈長の指揮の下に操業しているので操業中は、同船は、現実には、同船を使用して行う漁業の経営者の目すら届かない。

(3) 被申立人も、本船の船長、漁撈長等乗組員を雇い入れ配乗しているのが、申立人恵久漁業であること、従つてこれらの者の使用者は、申立人恵久漁業であつて申立人濱屋水産でないことは、熟知している。従つて名義人の使用人が行政の秩序を破壊する行為をした場合に関する東京地裁昭和二八年(行)第一八号事件の判示事項を、本件に当てはめるとすれば、第八六恵久丸の経営を支配している申立人恵久漁業が、漁撈長以下を使用して許可にかかる操業をしておりこれらの者を監督する責任を負つているから同船についての本件許可の実質的名義人に相当するのであつて、濱屋水産は、本件許可名義人(共同経営―組合)の構成員である(形式的名義人)に過ぎない。申立人濱屋水産は、第八六恵久丸の経営を支配してはいないが、同船の共同経営体の構成員として許可証中に名を連ねているので、本件行政処分の名宛人とされることに異議を述べてはいないけれども、それだからといつて申立人濱屋水産の運航する他船の過去の違反事実を本船について課する行政処分の加重原因にすることを正当化することにはならない。

このことは、右のような組合が、全然資本関係のない構成員で構成されている場合(大幅減船を経験したサケ・マス漁業に多い)を想定すると、より判然とする。組合を代表してある船の漁業経営を支配している組合員以外の組合員の運航する船の過去における業法違反を理由に組合の代表者が経営しているある船の業法違反に対して課する不利益処分を加重することは、組合を代表して同船の経営を支配している組合員にとつては、他人の行為につき責任を賦課される不当な結果となるからである。

(4) かようにみてくると、被申立人が結局本件行政処分の加重理由を、申立人濱屋水産が申立人恵久漁業の経営を支配する親会社であるという点においていることが明らかとなる。しかし乍ら、親会社と子会社は法律上別個の人格を与えられているので、親会社(又は子会社)の行為を、子会社(又は親会社)の行為と同視することは、特に法律が明文で許容した場合を除いて許されない。

被申立人は、(イ)漁業法第五七条、及び第六三条において準用する第三八条は、指定漁業の許可を有する者がどのような名目によるのであつても、漁業に関する法令を遵守する精神を(法文上は著しく)欠く者によつて、支配される経営によつて、指定漁業が営まれることを禁じているし、

(ロ)省令第二〇条の規定が指定漁業制度を維持するための手段として設けられている以上同様の考え方に従つて運用されるべきであるから第八六恵久丸に係わる共同経営を支配している申立人濱屋水産の過去における法令違反の状況を考慮することは当然であると主張する。

しかし乍ら、第八六恵久丸に係わる共同経営事業を支配しているのは申立人濱屋水産ではなく申立人恵久漁業であることは被申立人自身の決定書の中で説示している通りである。そして、資本及び役員の関係から申立人恵久漁業の事業総体につき支配しうる立場にあるとはいえ、申立人濱屋水産は、本許可証を付与された第八六恵久丸の操業ないし経営には干渉していない。まして法五七条一項一号及び五号の欠格事由が申立人等のいずれにも生じた訳でもない本件事案で、子会社である申立人恵久漁業の経営する第八六恵久丸の違法操業について処分する際に当該経営者の経営する船ならともかく、単に経営者の親会社の運航する他船が過去において漁業法に違反した事実があるという理由だけで、処分の程度を加重するのは全く不合理である。

第二第二大栄丸による禁止魚捕獲について、

被申立人は、第二大栄丸が禁止魚であるオヒヨウを採捕した問題について、採捕場所がソ連邦専管水域中であつても、ベーリング海の海域ではないので日本国内法に違反していないと主張する。主張の採捕場所が正しいとすれば我が国漁業法令上の違反と言えないことは、申立人等に於ても理解しうる。しかし、もしそうならソ連専管水域中で日本が得ている漁獲割当ては、全てベーリング海以外のソ連専管水域内の限定された海域であるから日本漁船は日本法上自由にオヒヨウを採捕してもよいと言う予想だにしなかつた結果となる。そして、それを承知の上で水産庁長官が六一水振第一〇一三号昭和六一年五月一二日付通達で「外国水域内での違反という特殊性を踏まえ処分の加重を行う等厳しい処分を行うこととするほか」と記述したとすれば水産庁は法律上の根拠もないのに「処分を行う」といつて申立人等漁民を脅迫していたことになる。

オヒヨウが日ソ協定で禁止魚種に追加されたのは一九八五年一月三一日からであり勿論一九八六年度の日ソ協定にも禁止魚種として明記されているのは通達から明らかである。そして第二大栄丸に指定漁業である遠洋底びき網漁業許可証が交付されたのは昭和六一年八月一日であるから右通達の内容は同船に了知されていた筈である。そうだとすれば日ソ間で協定した漁獲割当てに基づいてソ連専管水域に出漁した第二大栄丸等の北転船について行われた前示の許可は全てソ連水域内での操業を行うに際しソ連の漁業に関する法令を遵守することが大前提となつていたものと理解すべきである。

成程、漁業法六三条で準用する同法三四条によれば「主務大臣は公益上必要があると認めるときは、漁業権に制限又は条件を付けることができる」と規定しているので上記水産庁長官通達は、主務大臣の付した条件と理解することはできないとしても、正しい漁業秩序を維持する目的で発せられたものと思われる。被申立人としては、右通達に違背する行為は、漁業に関する法令を遵守する精神の有無に関係がないし省令二〇条の行政処分の対象にもならないから漁業秩序を乱す行為とは考えていないと主張するのであろうか。

そうした主張は水産庁が第二大栄丸の代船である第一二八大安丸に合計六〇日間自主的にてい船することを要請(強制)した事実と矛盾する。(<証拠略>参照)

申立人等が問題にしているのは、形式上、日本国の漁業法令に違反していないとしても第二大栄丸がオヒヨウを採捕して新造船である第一二八大安丸が自主的停船の名の下に六〇日間も碇泊を要請された事実が示す通り第二大栄丸が日ソ協定により禁止魚であるオヒヨウを採捕した行為は、矢張りあるべき漁業秩序をみだす行為であると被申立人において責問していたのに今回の第一二八大安丸についての碇泊命令を発する上で、これは不問に付して、申立人濱屋水産が、親会社であり許可証上の形式的名義人であるとの点だけで被申立人恵久漁業が運航(経営)していた第八六恵久丸については、申立人濱屋水産の運航する他船の過去の漁業法違反の事実を勘案して本件許可の取消に匹敵する連続二〇〇日間のてい泊命令を執行しているのは甚だ均衡を欠くという点である。

第三本件行政処分の維持の公益社

(1) 被申立人の指摘する様に、ベーリング公海のモラトリアム(休漁期間の設定)問題に関する米国上院決議は、その動機の一つとして「外国漁船がドーナツツを米国漁業資源を不法に漁獲する目的で米国経済水域に乗込むための隠れみのとして使用していること」を挙げているが、同決議の一〇ケの動機のうちの一つに過ぎず(<証拠略>参照)、その余の動機及び決議の本文(同号証訳文2頁)を虚心に読めば、ベーリング公海のモラトリアム問題は、本質的に資源保護の問題であることが明らかである。まして、公海である以上、国際公法上、米ソ二国間で採りうる措置は、皆無であるし、結局資源保護の観点からする各国の協議に委ねられる問題である。

(2) 本年九月二八日及び一二月六日の「RC」における議事の模様が申立人ら主張の通りであつたのは、<証拠略>に示す通りである。

(3) 本件違法な行政処分の執行を日本裁判所が取消したからといつて米国の漁民が反発することなどあり得ないのは、昭和六二年アメリカ及びカナダ政府との間の協定に基づき認められていた米国専管水域内の日本の母船式サケ・マス漁業に対して米国政府より発給された海産ほ乳動物混獲許可について、アラスカ現住民及び環境団体からその取消しを求める訴訟が提起され、米連邦地裁が同年六月一五日、日本漁船の操業を差止める決定を下したため、昭和六三年度からは昭和二八年以降継続してきた米国専管水域内でのサケ・マス漁は全面的に禁止されている(<証拠略>)ことを想起すれば、被申立人に於ても、充分認識できる筈である。トロール漁についても米国漁業の振興のため、既定の方針通り、米国専管水域内での外国船に対する漁獲割当は零、又全面的に米国漁民に協力した日本のはえなわ・さし網協会に対してすら本年より漁獲割当てが零となつている日本の漁業としては米国から受ける恩恵は本年度から皆無となつているのである。

そもそもこうした状況で水産庁が何故日本の漁業会社を倒産させてまで、米国漁民の意向(一時の感情的意見)をそんたくしなければならないのか理解に苦しむところである。

いずれにしても本件行政処分の取消はベーリング公海の漁場確保とは関係がないから、公共の利益に反するなどとは言えない。

第四本件聴聞手続について

一 指定漁業の許可及び取締り等に関する省令(昭和三八年農林省令第五号。以下省令という。)二〇条二項に規定する聴聞の公開とは何人の傍聴をも自由に許し、国民の直接の監視によつて、聴聞手続の公正を担保しようとするものである(註解日本国憲法下巻法学協会一二四〇頁参照)。

従つて、「傍聴をなし得ることの利益は第三者たる傍聴人の利益であるから、申立人らがそのような利益が侵害されたことを理由に処分の取消しを求めることができない」と言う被申立人の主張は右の公開の原則の存在理由を無視した暴論と言わざるを得ない。本件聴聞の行われた場所は<証拠略>の写真にある通り、僅か二坪程の物置のような部屋であつて被申立人が言うな収納能力(一〇人程)はなく、到底公開性を担保しているものとは思われない。

二 省令二〇条二項は、行政上の第一次処分手続において最も重要な要件として通知と聴聞を定めているが、通知がなされる目的は相手方に対し、弁明をするための準備の機会を与えることにあるのであるから、通知がなされてから聴聞までの期間が余りにも短いようでは通知の意味がないということになる。法律に規定がない場合には、一〇日間ほどの時間的余裕が必要である。(セミナー行政法(全訂版)―学説・判例を中心に―田中舘照橘著三〇〇頁参照)。本件では電話での通知を受けて(本年九月一二日夕方)から、聴聞(一四日午後)まで、僅か二日間若しかなく、右要請に明らかに反する。

被申立人は、この手続違背を治癒する方弁としてか、九月上旬に濱屋久が水産庁に対し、しばしば処分を早く決めて欲しい旨要請したと主張しているが、同人が申立てていたのは、当時、省令二〇条一項後段所定の調査のためのてい船としては長すぎたので、本船を早く出港させて欲しいというものであり、てい泊処分を早く下付して欲しいというものではなかつた。<証拠略>の記述は、検査のため碇泊期間が法定の限度(一〇日間)を超えていたため同人が早く出漁させて欲しいと懇願している姿勢をありありと示しているのに、この姿勢を処分を早めてくれという要請と受取つたとすれば、甚だ無神経なものである。

被申立人の職員等が本件行政処分を急いだ理由は、本年九月二八日、アンカレツジのシエラトンホテルで開かれたRCの本会議に森本参事官をオブザーバーとして出席させ、「第八六恵久丸の碇泊日数は二倍二〇〇日となつているがこれは内規で同じ経営者が過去に違反があつた時は倍の処分を課することになつておる」旨説明させていることが示す(<証拠略>)通り、本件苛酷な処分を表面に出して強調し、違反操業問題に関する米国側の追及を替すためであつたと思われる。そうでなければ聴聞手続を省略した理由が分らない。

尚、被申立人は、濱屋久が九月一六日聴聞会議事録に署名捺印したと主張するが、全く事実に反する。水産庁遠洋課では同日周日に亘つて禁止魚の販売ルートの解明のため釧路市漁業協同組合の浜組合長らに対し事情聴取を行なつており(<証拠略>参照)、濱屋久は同日、同課を訪ねていない。同人は、一六日夜佐藤力生課長補佐より、同人の東京宅に電話を受け、「明日来てほしい」と要請され、「碇泊日数は二〇〇日だ」と聞かされ、シヨツクを受けた。翌一七日午前一〇時半少し前ごろ、農林水産省横の政府刊行物発行所の電話ボツクスから濱屋克弘に電話し、「今から水産庁へ行く」と連絡し、同庁遠洋課の部屋に赴き、同課課長席の前の中央会議テーブルで署名捺印したものである。<証拠略>に被申立人の右主張に沿う記載が認められるが、同号証は、申立人の本件執行停止の申立を受領したのち、水産庁内部で相談の結果、本件申立防禦のため作成されたものであるから、信憑性に乏しい。

第五その他

被申立人は過去二ヵ年間のベーリング公海に出漁した北転船の一月~三月の漁獲実績(<証拠略>)と比較すると、申立人らの言う本船のベーリング公海での四五日間の操業によるスケトウダラ及び同魚卵生産数量が五九八五トンというのは過大だと非難するが、被申立人の挙示する漁獲実績はスケトウダラ鮮魚の漁獲高であると推定され、申立人らが計画する助子操業(長期間漁場に滞在して船上で助子を取出しスケトウダラ及び助子の冷凍製品を生産するもので、鮮魚操業として一航海後に母港へ帰つてスケトウダラ鮮魚を荷揚しなければならない短期間のものとは異なる)からの漁獲高は、<証拠略>(昭和六一年漁業経済調査報告(企業体の部)昭和六三年三月農林水産庁統計情報部)の各統計(但しこれらは助子・鮮魚操業の双方を含む)から明らかなとおり年間で六億円から八億円、盛漁期の一月~三月はその六割から七割と言われており、即ち約三億六千万円から五億六千万円(kg当り平均単価を一〇二円とすると、約三、五〇〇トンから五、五〇〇トン)の漁獲高ということになり、申立人らの計画漁獲量が別に過大と評されるようなものでなかつたことは明らかである(<証拠略>参照)。 以上

別紙四

意見書

申立人らの行政処分執行停止の申立てに対する被申立人の意見は、次のとおりである。

意見の趣旨

本件申立てを却下する

申立て費用は申立人らの負担とする

との決定を求める。

意見の理由

本件執行停止の申立ては、以下に述べるとおり、行政事件訴訟法(以下、「行訴法」という。)二五条二項の要件を欠き、かつ同条三項に該当し失当であるから、却下されるべきである。

第一本件処分の経過(<証拠略>)

一 昭和六三年八月一七日、毎日新聞朝刊において、我が国遠洋底びき網漁船が米国二〇〇海里水域で違反操業を行つている旨の報道がなされた(<証拠略>)。水産庁は、昭和六三年一月にも米国二〇〇海里水域において八隻の我が国漁船により不法な操業が行われ、米国政府、議会、業界において我が国漁船のベーリング公海での操業を禁止すべきであるとの主張が強まつている中での報道であつたことから、右報道に係る事実について直ちに調査を行つた。

二 右調査の結果、昭和六三年七月から八月にかけて、申立外大浦漁業株式会社に係る第一二八大安丸と申立人両者の共同経営に係る第八六恵久丸とが、農林水産大臣が漁業を営むために漁船により立入ることを禁止している外国二〇〇海里水域内において当該外国の許可なしに遠洋底びき網操業を営んだことが判明した。

すなわち、第八六恵久丸については、〈1〉魚倉において通常大陸棚のある外国二〇〇海里水域外ではほとんど漁獲できないアカウオの魚体の一部が、また船内各所からは多量のアカウオの鱗が発見され、また魚体処理場からやはり外国二〇〇海里水域外ではほとんど生息せず、かつ腐敗していないエゾイグチガイが発見され、それらがいずれもごく最近漁獲されたものであると推認されたこと、〈2〉操業に当たつては記載が義務づけられている操業日誌等の諸記録の間に、外国二〇〇海里水域内で違法操業をしたことを前提としなければ説明のつかない矛盾があつたこと等から、第八六恵久丸が同年七月から八月にかけて外国二〇〇海里内において違法に操業をしたものと明らかに認められた。

また、第一二八大安丸についても、〈1〉魚倉においてアカウオの魚体の一部が、船内各所において多量のアカウオの鱗が発見されたこと、〈2〉操業中の漁船の位置を記録する装置であるNNSS(衛星航法装置)の記録を調査したところ、当該記録紙が、記録が行われた後、なんら人為的に手を加えられていないとすれば当該漁船が現実には出しえない速度で運航したことになること等から、やはり第一二八大安丸も外国二〇〇海里内において違法に操業をしたものと明らかに認められた。

三 右二に述べた第八六恵久丸の外国二〇〇海里内における操業は、指定漁業の許可及び取締り等に関する省令(昭和三八年農林省令第五号。以下「指定漁業省令」という。)九〇条の二第一項に違反するものであり、さらに、同漁船には、操業日誌の不実記載・前記NNSSの記録紙の保持及び提出義務違反の事実が認められ、これらの事実は漁業法六三条において準用する同法三四条一項に基づく遠洋底びき網漁業許可の制限又は条件(<証拠略>参照。)に違反するものであるから、被申立人は、指定漁業省令二〇条一項に基づき、同条二項の定める公開の聴聞を経たうえ(後記第二の一)、昭和六三年九月一六日付けで申立人両社に対し第八六恵久丸について二〇〇日(昭和六三年九月一七日から昭和六四年三月一五日まで)をてい泊期間としててい泊を命じた(本件処分)。

四 なお、第一二八大安丸についても、右二に述べた外国二〇〇海里内における操業は、指定漁業省令九〇条の二第一項に違反するものであり、他に漁業法三四条一項の許可の制限又は条件に違反する事実が認められたので、同様に被申立人は、指定漁業省令二〇条一項に基づき、昭和六三年九月一六日付けで大浦漁業株式会社に対し第一二八大安丸についててい泊期間を一〇〇日と指定しててい泊を命じた。

第二本件が本案について理由がないものであることについて

申立人らは、本件本案訴訟において、本件処分が違法であり、無効又は取り消されるべきである旨主張しているが、本件処分が前記の経過で適法になされていることは明らかである。

一 指定漁業省令二〇条二項の聴聞の手続きについて(<証拠略>)

1 申立人らは、被申立人が指定漁業省令二〇条一項本文にいう「てい泊港及びてい泊期間を指定して当該船舶のてい泊を命ずる」処分をしようとしている旨を申立人らに通知をしておらず、本件処分はこの点で違法であると主張している。

しかし、被申立人は、昭和六三年九月一二日、申立人両社の代表者の濱屋久(<証拠略>)に対し、電話で、今回の第八六恵久丸の件で近く相当の行政処分をする予定であり、聴聞を行う旨を通知し、また、被申立人は、同年九月一四日聴聞のために出頭した濱屋久に対し、念のため違反事項等を記載した通知書(<証拠略>)を交付しているのであるから、前記省令二〇条二項の通知について、違法な点は何ら存しない。なお、右の聴聞は、後記3に述べるとおり、処分を行うかどうか早く決めてほしいと申立人らの要望を容れて比較的日程を早めて行つたものであり、九月一四日という聴聞期日も申立人ら代表者濱屋久の都合を聞き了承を得て決定されたものである。

申立人らは、この点に関し、具体的な処分内容を通知すべきであると主張している。申立人らは、被申立人において予定しているてい泊期間を通知すべきであるとするようであるが、処分対象者に聴聞の前提として処分の対象となる事実ないし事項を了知せしめれば、処分対象者に弁明又は有利な証拠提出の機会を与えることにより、その者の利益を保護し、適正妥当な処分を実現しようとする聴聞手続きの趣旨に十分に沿うのであつて、申立人らの主張するような点まで通知をしなければならない理由はないというべきである。また、実際にも、聴聞手続きの結果を踏まえて、てい泊を命ずる必要があるか、その必要がある場合でも何日のてい泊期間を命ずることが適当かを決定するものであつて、てい泊期間の予定の通知まで要求するのは、到底無理な要求といわざるをえない。

なお、被申立人の調査は、同年八月中旬から、申立人濱屋水産の営業の中心である釧路支店において関係者から事情を聴取したり、第八六恵久丸を見分したりして、継続してなされてきたものであり、その調査の経過からも、また、後述するように、申立人ら代表者濱屋久は同年九月初め頃から度々水産庁を訪れ、処分を行うのかどうか早く決めてほしい旨の要望を行つていたことからも、申立人らは、処分を行うについての聴聞を行う旨の通知を受けただけで、どのような事実関係について聴聞が行われるのかを当然了知できたものであるし、現に申立人ら代表者濱屋久は聴聞の際これを十分了知していた。

なお、<証拠略>の聴聞会議録に明らかなとおり、被申立人は、聴聞の冒頭に処分の対象となるべき違反事実を具体的に告知しているところである。

2 次に申立人らは、右聴聞は「公開の聴聞」とはいえず、密室での事情聴取であつたと主張している。

しかし、被申立人が聴聞の公開を禁止したことはなく、例えば、処分の相手方が同行した者の列席を希望したり、他の者が傍聴を希望したりした場合には、被申立人はこれらの者の列席ないし傍聴を許容しているところである。ところが本件においては、誰からもこのような列席ないし傍聴の希望はなかつたため、結果として聴聞には申立人ら代表者濱屋久のみが出席するという形になつたものである。

また、申立人らは、聴聞が行われた場所が農林水産省の建物八階にある奥まつた閉め切つた小部屋であつたとして、場所の点を問題としているが、そもそも聴聞が行われた部屋はそのような密室ではないし、公開とは、基本的には傍聴の自由を意味し、例えば、不特定多数の傍聴人が現実にいる前で聴聞を行わなければならないとするものではないから、部屋の点は、公開の点と関係はないというほかはない。

3 さらに申立人らは、被申立人は申立人らに対し事情聴取の通知を受領したその日に弁明し証拠の提出を求めたもので、弁明ないしは有利な証拠の提出の準備に必要な合理的な期間を与えなかつたと主張している。

しかし、右主張は事実に反する。聴聞の経過は次のとおりである。すなわち、申立人ら代表者濱屋久は、水産庁の調査が行われていた同年九月初め頃から、度々水産庁を訪れ、あるいは電話で、漁船を出港させたいので処分を行うのかどうか早く決めてほしい旨の要望を行つていた。このため、九月上旬に同人が水産庁遠洋課長を訪れた際に、当該課長から近く指定漁業省令二〇条に基づく聴聞が行われることを予告している。また、当該聴聞を行うに先立つて、九月一二日に水産庁遠洋課佐藤課長補佐が電話で九月一四日に聴聞を行うことについて申立人らの都合を尋ね、同日、聴聞を行うことについて申立人らの同意を得るとともに、当該聴聞を九月一四日に行う旨の通知書を申立人らに対して同日渡すことについても了解を得たことから、同日申立人ら代表者が出頭すると同時に当該通知書を手渡し、聴聞を行つたものである。なお、九月一四日における聴聞において、申立人らの側から更に九月一六日に意見を述べる機会を欲しい旨の希望が出されたため、再度九月一六日にその機会を設け、その結果を踏まえ、てい泊処分を決定し、翌日九月一七日に申立人ら代表者に対し命令書を手交していたものである。

したがつて、弁明ないし有利な証拠の提出の準備に必要な合理的な期間を申立人らに与えていないとする申立人らの主張は失当である。

二 裁量権の濫用について(<証拠略>)

申立人らは、本件処分は裁量権の濫用に基づくものであるから取り消されるべきであると主張しているが、この主張も以下に述べるとおり失当である。

1 大浦漁業株式会社の第一二八大安丸のてい泊期間一〇〇日に比べ、申立人らの第八六恵久丸のそれを二〇〇日と定めたのは、主として次のような理由によるものである。すなわち、〈1〉第八六恵久丸に係る遠洋底びき網漁業は、出資、議決権、損益金の配分、持分及びトン数の割合が申立人濱屋水産株式会社二〇パーセント、同恵久漁業株式会社八〇パーセントという共同経営に係るものであるが、申立人濱屋水産と恵久漁業の関係をみると、申立人恵久漁業の発行株式一万株のすべてを申立人濱屋水産が保有しており、また、両社は各三人の代表取締役、七人の取締役、一人の監査人を置いているものの、いずれの役員についても共通の人物が就任している(<証拠略>)ことにかんがみれば、申立人恵久漁業の経営は申立人濱屋水産によつて支配されており、したがつて、当該共同経営は同会社によつて支配されているとみられること、〈2〉申立人濱屋水産については、昭和六三年一月においても、その三隻の漁船が、漁業取締り上、船体側面における表示を義務づけられている船体識別のための信号符字を隠蔽して操業していたこと、操業日誌が不実に記載されていたことにより、てい泊が命じられているが、再び同年七月から八月にかけてさらに今回の違法行為が行われたことから、第八六恵久丸に係る遠洋底びき網漁業が漁業に関する法令を遵守する精神を欠くとみられる者によつて営まれていると判断されたことによるものである。

2 申立人らは、大浦漁業株式会社が昭和六一年一二月に禁止魚であるオヒヨウを水揚げしたことを理由に昭和六二年六月ないし九月の間に四〇日間のてい泊処分がなされたと主張するが、農林水産大臣が大浦漁業株式会社に係る第二大栄丸について指定漁業省令二〇条に基づきてい泊を命じた事実はない。なお、このとき大浦漁業の漁船が持ち帰つたオヒヨウの量は、二〇〇キログラム程度であり、通常の操業で混獲されたものを、海に投棄せずに持ち帰つたと推認されるものである。

3 申立人らは、遠洋漁船の操業はすべて各漁船の漁撈長の責任で行われ、経営者は当該操業に対して責任は持ちえない旨主張し、また、指定漁業省令二一条が農林水産大臣は操業を指揮する者に対して乗り組み禁止を命ずることができると規定していることはこのことを前提としている旨主張する。

しかしながら、漁業法五二条は、遠洋底びき網漁業をはじめとする指定漁業を営もうとする者は農林水産大臣の許可を受けなければならないとして、指定漁業の許可の対象として経営者を予定し、また、同法五七条あるいは六三条において準用する三八条が、許可を与えられる者から漁業又は労働に関する法令を遵守する精神を欠く者を排除している。そして、指定漁業に係る違反については、例えば指定漁業省令二〇条は、漁業に関する法令の規定に違反する事実があると認める場合であつて、漁業取締り上必要があるときは経営者たる指定漁業者に対し、農林水産大臣はてい泊を命じることができると規定し、指定漁業について違法行為が行われた場合の責任を経営者に負わせている。同省令二一条が船長等の乗り組み禁止命令について規定しているのは、漁業秩序の確保を図る上で、同省令二〇条に基づき、違反行為に係る船舶をてい泊せしめるのみでは足らず、当該船舶に係る船長等の乗り組みを禁止する必要がある場合にそれを行うことができることを定めたものであつて、経営者の責任を否定したものではない。

なお、申立人らは、違反操業が申立人らの指示によつて行われたのではないことは農林水産大臣も調査の上確認ずみである旨主張するが、そのような事実はない。

4 申立人らは漁業取締上てい泊期間を加重する上で、処分対象の違反行為の態様が過去の違反行為のそれと異なることがかなりの意味を持つと主張するが、漁業取締り上てい泊期間を定める上で考慮されるべきは、過去の違反行為と同じ態様の違反行為を繰り返したかどうかではなく、当該指定漁業者が法令を遵守する精神を欠いているかどうかということである。このことは、〈1〉漁業法五七条が、漁業又は労働に関する法令を遵守する精神を著しく欠く場合には指定漁業の許可を行いえないとし、また同法六三条の準用する三八条において、指定漁業者が漁業又は労働に関する法令を順守する精神を著しく欠くに至つた場合には農林水産大臣は指定漁業の許可を取り消さなければならないとしていること、〈2〉指定漁業省令二〇条のてい泊命令は指定漁業制度を維持するための手段として設けられている以上、これらの規定と同様の考え方に立つて運用されるべきであることにかんがみれば明らかである。

5 なお、今回の第八六恵久丸の違反行為についての申立人両者に対するてい泊命令に関し、昭和六三年一月の申立人濱屋水産の漁船三隻の違反行為を前提事情として考慮したことについて、若干補足する。

すなわち漁業法五七条一項五号は、指定漁業の許可を受けようとする者(仮に甲とする。)につき、漁業に関する法令を遵守する精神を著しく欠く他の者(同条一項一号)が実質上甲の漁業の経営を支配するに至る恐れがあるときは、甲は、右許可について適格性を有しないとしている。この場合、支配する者に関する事情を、支配される者に関する事情としても評価するべしとしているのである。このように、漁業法は、農林水産大臣が指定漁業に関し監督権ないし規制権を行使するに当たり、漁業を営む者の漁業法五七条一項一号の事由については、法人格の形式を越えて実質的に考慮することを当然許容しているものと解される。

しかして、本人においては、申立人恵久漁業は同濱屋水産に支配されているのであるから、申立人恵久漁業に対する本件てい泊命令に関し、前提事情として申立人濱屋水産に係る漁業法五七条一項に該当する事情を考慮することは当然許容されるものである。

三 まとめ

以上により、本件が行訴法二五条三項にいう「本案につき理由がないとみえるとき」に該当するものであることは明らかである。

第三回復困難な損害を避けるための緊急の必要性のないことについて

申立人らは、執行停止がなされない場合には、申立人恵久漁業は助子の盛漁期の操業による収入を失うなどにより倒産が必至であるなどとして、本件申立てについては回復できない損害を避けるための緊急の必要性があると主張しているが、これも次に述べるとおり失当である。

一 まず、てい泊命令によりてい泊期間内の平常業務に伴う操業による収入が無くなり、その意味において漁業者がそれによる損害を被ることは、てい泊命令に本質的に伴う効果であり、漁業法がてい泊命令という行政処分を規定している以上、右損害が処分の相手方に生ずることは法自体が当然許容するところである。したがつて、この事由をもつて執行停止を認めることは本来漁業法本来の趣旨に反するものであり、同時に行訴法二五条一項の定める「執行不停止の原則」にも反するものである。また、申立人らは、執行停止がなされないことにより、信用不安となり銀行筋から融資を受ける道もないので、収入を失うことも加わつて倒産が必至であるなどとしているが、てい泊命令と倒産との因果関係は到底認められないし、申立人らがてい泊命令を受けたことに対し、社会的に一定の評価を受けるであろうことは当然のことであり、本件の違反事実の内容にも照らし、申立人らが当然甘受すべき事柄である。執行停止に当たり申立人らの信用失墜等を考慮することは、てい泊命令の制度の趣旨に反するものというべきである。

また、申立人らの主張する損害は、純粋に財産的な損害であり、後に金銭によつて填補しうる性格のものであることも、本件において考慮されなければならない。

二 また、経営実績の面からみても、申立人らの主張は失当である(<証拠略>)。

1 申立人らは、助子の盛漁期の操業による収入四億五〇〇〇万円余を失うと主張している。しかし、助子の盛漁期一~三月におけるソ連水域での過去二か年間の北転船(北洋海域における遠洋底びき網漁業の一形態)の漁獲実績をみると、一隻当たり平均は三二二トンであり、最も漁獲の多い船でも八〇〇トン程度である。この時期のスケトウダラの右二か年の平均魚価は、一キログラム当たり一〇二円程度であるから、水揚高は、一隻当たり平均三三〇〇万円程度、最も多い船でも九一〇〇万円程度である。申立人らの主張する四億五〇〇〇万円という数字はあまりにも過大であり、何ら合理的な根拠のないものである。

2 また、申立人らは申立人恵久漁業の繰越損についても言及しているが、同会社の繰越欠損金は、昭和六〇年度が四億一八〇〇万円余、六一年度が四億五〇〇万円余、六二年度一億七五〇〇万円余と年々減少してきており、かつ同会社の漁撈売上高は、六一年度が三八億七〇〇万円余、六二年度が三五億三九〇〇万円余であるから、前記の程度の収入減で同社が倒産するなどとは到底考えられない。

第四執行停止をすることが公共の福祉へ重大な影響を及ぼすおそれがあることについて(<証拠略>)

昭和五六年当時、我が国の北洋海域における遠洋底びき網漁業に係る漁船約一〇〇隻は米国から約一二〇万トンの対日漁獲割当を受け、米国二〇〇海里水域を中心に操業を行つていた。しかしながら、米国の国内漁業振興施策により、ここ数年急激に対日漁獲割当ては削減され、昭和六三年はついにゼロとなつている。この結果、主要な操業海域は、まわりを米国二〇〇海里水域とソ連二〇〇海里水域とに囲まれたベーリング公海(<証拠略>)にほぼ限られてきてしまい、昭和六二年には、北洋海域における遠洋底びき網漁業の全漁獲量八六万トンのうち八〇万トンをベーリング公海に依存する状態となつている。

このような状況の中で、米国二〇〇海里水域に不法に侵入し、漁獲行為を行うという申立人濱屋水産の運航に係る第五恵久丸ほか二隻を含む我が国漁船八隻による操業が、昭和六三年一月に米国漁業者団体がチヤーターした飛行機によつて発見されたため、これが日米間の大きな漁業問題となるとともに、米国内において、ベーリング公海から日本漁船を排除すべきであるという主張が米国の業界のみならず、政府や議会関係者の間でも高まつた。そこで、このような動きを抑えるため、我が国はこれらの不法操業に係る厳正な処分を行うとともに、関係漁業者に対する指導と取締りを強化してきた。しかしながら、同年八月一七日に毎日新聞朝刊一面に米国二〇〇海里水域において我が国漁船により不法に操業が行われている旨の報道がなされ、これが米国においても大きく報道された結果、日米漁業協定により日本政府はかかる行為を防止する義務を米国に対して負つているにもかかわらず、このような事態が生じているとして、米国政府、議会及び業界は一月の事件の際にも増して我が国政府による漁業管理能力に強い疑問を示し、我が国漁船がベーリング公海で操業できることが我が国漁船による米国二〇〇海里水域での不法な操業の隠れみのとなつているとして、利害関係を同じくするソ連に対し、ベーリング公海からの我が国漁船の締め出しを強力に働きかけている状況となつている。

このような事態の進展を阻止し、今後ともベーリング公海における我が国漁船全体の安定した操業を確保していくためには、漁業取締りの徹底が緊急の要とされている。第八六恵久丸について違法行為が行われていることが明らかな状態の下で、てい泊命令の執行停止がなされることは、米国政府及びソ連政府によるベーリング公海からの我が国漁船の締め出しの動きを強め、我が国北洋海域における遠洋底びき網漁業全体の操業を危うくし、もつて公共の福祉に重大な影響を及ぼすものである。

別紙五

意見書(二)

被申立人は、申立人らの昭和六三年一二月一六日付け反論書(以下、単に「反論書」という。)の主張に対し、次のとおり反論する。

一 聴聞手続きについて(反論書一項)

1 申立人らは、反論書一の(1)において、聴聞の行われる時間・場所・広さ等が客観的に何人の傍聴をも許容することが認められる程度のものでなければならず、また、聴聞以前に何人も傍聴可能である旨告知すべきである旨主張する。

しかし、聴聞が行われた時間は、午後二時半であつて何ら問題はないし、聴聞の場所も、水産庁内の通常の会議室であつて(<証拠略>)、これまた何の問題もない。聴聞が行われた会議室は、一〇人程度の人数が入る部屋であつたから、公開の要請を何ら損なうものではない。

また、聴聞が公開のものであることは、指定漁業の許可及び取締り等に関する省令(昭和三八年農林省令第五号。以下、「指定漁業省令」という。)二〇条二項の規定それ自体によつて明らかであり、同省令は聴聞以前に傍聴が可能であることを処分予定者に告知すべしと規定しているものではないから、そのような告知がなかつたからといつて、聴聞の手続が違法になるものではない。

のみならず、傍聴をなし得ることの利益は、いうまでもなく第三者たる傍聴人の利益であるから、そのような利益が侵害されたことを理由に申立人らが処分の取消しを求めるのは、それ自体失当というべきである(行政事件訴訟法一〇条一項)。

2 申立人らは、反論書一の(2)において、昭和六三年九月上旬に申立人ら代表者濱屋久が水産庁遠洋課長に会つたことは否定していないものの、同課長から指定漁業省令二〇条に基づく聴聞が行われることの予告は受けていないと主張している。しかし、<証拠略>により明らかにしたように、同課長は、九月上旬にしばしば処分を早く決めてほしい旨の申立人ら代表者濱屋久の要請があつたことを受けて、同人に対し、近く聴聞会が開催される旨をつげ、出漁してもすぐ帰港してもらうことになりかねないことを述べているものである。

また、申立人らは、九月一四日の一九時過ぎに申立人ら代表者濱屋久が来庁した際、一七日頃に顧問弁護士が米国から帰国するので、二、三日待つて欲しい旨を要請した結果、一七日に水産庁に出頭を求められたと主張するが、右主張も事実に反する。

<証拠略>により明らかなとおり、同人は、同月一四日一九時過ぎから水産庁審議官室で再度行われた聴聞会において、一四日夜に弁護士が帰国するが、一五日が休日で水産庁が閉庁であるため、一六日に再度機会を設けて欲しいと述べた。この要望を受けて、一六日午後、遠洋課中央の会議テーブルにおいて機会を設けたところ、同人は一四日夜に行つた二回目の聴聞会で主張した聴聞会議事録の修正意見を入れて水産庁が作成した新たな聴聞会議事録の内容を確認し、同議事録に自筆署名、押印をしたものであり、一七日に聴聞会議事録を見たのではない。なお、同議事録の日付けは、聴聞会開催通知書の聴聞会の開催日が九月一四日となつていることから、同人の了解を得て九月一四日としたものである。また、水産庁が九月一七日に申立人ら代表者濱屋久の来庁を求めたのは処分の交付を行うためであつて、聴聞のためではない。

なお、申立人らは、てい泊命令と水産庁長官の書簡の写しのフアツクスの日付が一七日であることをもつて、一六日には水産庁に赴いていないとする根拠の一つとしているようである。同フアツクスは、申立人ら代表者濱屋久の依頼により、水産庁遠洋課の一條課長が申立人濱屋水産の釧路支店宛送付したものであるが、この事実は一六日に同人が水産庁に来庁していないことを立証するものではない。

3 申立人らは、反論書一の(3)において、再び、聴聞に当たつては予定している具体的な処分内容を通知すべきである旨主張しているが、失当である。

(一) 本件の聴聞は、指定漁業省令二〇条一項の行政処分を行うための事前手続として行われるものである。この行政処分は、処分の相手方の行為、事業、施設等に関する具体的、個別的な事実に基づいて行われるものであるから、その事前手続としての聴聞の趣旨は、処分の前提となる事実(処分要件に該当する事実及び処分内容を決定するにつき考慮される事実)の認定を処分行政庁の専権に属せしめることなく、相手方に、自己に有利な証拠を提出し意見を述べる機会を与えることにより、事実認定の公正を期し、もつて相手方の利益を保護し適正妥当な処分を実現しようとすることにあるものというべきである。換言すれば、この場合の聴聞は、適正な行政処分を形成する過程における一手続というべきである。そして、本件てい泊命令におけるてい泊期間のような具体的処分内容(事実認定の後に続く処分の量定)は行政庁の裁量に委ねられているのみならず、更にその適法性、妥当性の確保は、異議申立ての手続の中で確保できるものであるから、このような手続の構造からして、指定漁業省令二〇条二項が、予定している処分内容を相手方に予め通知すべきことまでも要求しているものではないというべきである。

(二) 加えて、一般に聴聞手続にか疵があつたとしても、それだけで直ちにそれに続く行政処分が違法となるのではなく、当該手続違反がなければ処分内容に影響を及ぼしたであろう場合に限られるとするのが、確立した判例である(判例の分析については、綿貫芳源「告知・聴聞を中心とする公正手続の内容と限界」公法の理論(中)九九七ページ以下)。

右判例の実質的論拠を要約すれば、〈1〉結論に影響を与えないのならば、聴聞を繰り返しても意味はない、〈2〉アメリカ法の場合と異なり、我が国の行政裁判手続においては、極めて例外的な場合しか実質的証拠法則は採用されていないのだから、聴聞に際しての軽微なか疵を見逃したとしても、実体審理において被処分者を救済することが可能であり、格別不当な結果を招来することはない、〈3〉取消訴訟が主観訴訟であることや行訴法一〇条一項(取消理由の制限)の法意に照らしても、例えば本件における傍聴の可能性の告知のごとき手続違反のか疵を取消理由と構成することは、行政訴訟の体系になじまない等に由来するといえよう。

しかるに申立人らは、前述のごとく単に(法令すら予定していない)聴聞手続違背を論難するのみで、そのか疵の本件処分への影響性については何ら言及するところがない。よつて右の点において既に申立人らの主張はそれ自体失当というべきである。

二 裁量権の濫用について(反論書二項)

1 反論書二の1について

(一) 申立人らは、第二大栄丸のオヒヨウ採捕は、昭和四二年五月九日農林省告示六百八十二号(遠洋底びき網漁業等に係る操業に関する制限又は禁止の措置を定める件)の十の(二)により国内法に違反しているとしているが、これは事実に反する。

(二) まず、第二大栄丸は、昭和六一年一二月、ソ連水域の北千島太平洋海域(<証拠略>)で漁獲したオヒヨウを水揚げしたものであるから、米国二〇〇海里水域に関する規制(右告示の十の(一))は無関係である。他方ソ連二〇〇海里水域については、同告示の十の(二)において、西経百七十五度の線以西のベーリング海の海域(同号証)においてのみオヒヨウの採捕を禁止している。

(三) ところで、ベーリング海とは、一般に、シベリアとアラスカを結んだ北極圏を北界とし、ガブチユポイントからアリユーシヤン列島及びコマンドルスキー諸島を通り、ケープカムチヤツキーに至る線を南界とする海域とされており、このことは、我が国ばかりでなく、世界的に共通の認識となつている。国際水路機関条約に基づく政府間機関である国際水路機関(IHO)もそのように定めており、我が国の海上保安庁水路部が作成した海図もそのようになつているところである。したがつて、漁業法及びそれに基づく省令等に特別の定義がない限り、海域については右の一般の認識によるのが相当であり、現に右法令もそれを前提に運用されている。

したがつて、第二大栄丸のソ連水域における操業区域(<証拠略>)はその範囲に入つておらず、当該海域においてオヒヨウを漁獲しても国内法違反ではなかつたのである。

(四) また、申立人らは、オヒヨウ類は昭和六一年五月一二日付け六一水振第一〇一八号水産庁長官通達(<証拠略>)でもつて禁止魚種とされている旨主張する。しかしながら、漁業法六五条は、農林水産大臣又は都道府県知事が漁業取締りその他漁業調整のため、水産動植物の採捕又は処理に関する制限又は禁止について、省令又は規則を定めることができる旨規定している。したがつて、指定漁業省令二〇条に基づくてい泊命令を右通達違反の事実を理由として行うことは許されない。

(五) なお、オヒヨウを持ち帰つた第二大栄丸と、自主てい泊をした第一二八大安丸との関連について、若干補足する。

第二大栄丸は、昭和四九年に進水した船であつたことから、同船がオヒヨウを持ち帰つた後、老朽化を理由に、漁業法五九条一号に基づき他の船舶について許可の申請があり、これに対し、昭和六一年一二月二三日付け六一水北八九四号により新船第一二八大栄丸にいわゆる代船許可が与えられた。このため、第二大栄丸に代わり、第一二八大安丸が自主てい泊を行つたものである。

2 反論書二の2について

(一) 申立人らは、指定漁業省令二〇条は指定漁業者に無過失責任を認めているわけではなく、当該違反操業を行つた船舶の操業を指揮する漁撈長以下乗組員に対する監督責任を課したものと考えねばならないとした上で、申立人濱屋水産に第八六恵久丸の漁撈長等に対する監督責任は認められないから、再犯として不利益な制裁を加えるのは不当であると主張する。

(二) しかし、漁業法五七条及び六三条において準用する三八条は、指定漁業を営むため、漁業法五二条の許可を有する者に対して漁業又は労働に関する法令を遵守する精神を要求し、また、指定漁業省令二〇条は漁業に関する法令の規定に違反する事実があると認める場合であつて、漁業取締り上必要があるときは、指定漁業を営む者に対し、農林水産大臣はてい泊を命ずることができるとしている。これは、指定漁業制度が目的としている漁業秩序遵守の義務は、許可上の名義人が自己の責任において負うべきものであり、その名義人が、使用人によつて許可上の名義人に対して許された行為をなす場合において、その使用人によつて漁業秩序を破壊する行為が行われたときは、名義人が当該行為に対する責任を負うことを予定しているからである(<証拠略>参照)。

また、第八六恵久丸に係る違法行為について、許可上の名義人たる申立人らに対して漁業秩序維持義務の責任を問うとともに、漁業取締り上、どの程度のてい泊期間を課すかを決定するに当たつて

(1) 漁業法五七条及び六三条において準用する三八条は、許可を有する者がどのような名目によるのであつても、漁業又は労働に関する法令を遵守する精神を欠く者によつて支配された経営によつて指定漁業が営まれることを禁じていること。

(2) したがつて、指定漁業省令二〇条の規定が指定漁業制度を維持するための手段として設けられている以上、同様の考え方に立つて運用されるべきであること。

から、被申立人の意見書二の1で主張したとおり第八六恵久丸に係る共同経営者であり、かつ同経営を支配している申立人濱屋水産の過去における法令違反の状況を考慮することは漁業法は当然許容しているし、また、考慮しなければならないと解される。

三 緊急の必要性について(反論書三項)

1 申立人らは反論書三の1において一~三月におけるベーリング公海海域における漁獲高に言及し、第八六恵久丸の運行計画(<証拠略>)によれば一二月下旬~二月中旬の間の四五日間の操業で、五九八五トンの漁獲があるとしている。

しかし、過去二か年間のベーリング公海に出漁した北転船の一月~三月の漁獲実績をみると、一隻当たりの平均漁獲量は、一月九八二トン、二月七八七トン、三月五四九トンとなつており、月別で最も多く漁獲した船で一月二六〇四トン、二月一六五〇トン、三月一九六〇トンとなつている。申立人らは、四五日間で五九八五トンを漁獲するとしているが、これは一か月を三〇日として計算すると、三九九〇トンとなり、例えば一月の平均漁獲量に対し四・一倍、最も多く漁獲した船の漁獲量に対しても一・五倍となつており、これも過大な数量と言わざるを得ない(<証拠略>)。

2 ところで、申立人らは、本件執行停止の申立書二の(2)においては、「特に毎年一乃至三月は限定されたソ連水域ではスケトウダラの抱卵期で所謂助子がとれるので、漁業会社としては、その収入の大半をこの期間に依存している」と主張しながら、今回の反論書では、ベーリング公海の方がはるかにソ連水域より収入が多いと主張しており、主張が首尾一貫していない。

四 本件行政処分と公益性について(反論書四項)

1 申立人らは、昭和六二年度版漁業白書を引用した上で、我が国漁船によるベーリング公海におけるトロール漁業の操業に対する米国の関心は資源保護、環境保全等の観点から行われているのであつて、米国二〇〇海里水域内での不法操業とは直接関係がないと主張している。しかしながら、そもそも申立人らが証拠として引用した漁業白書は、昭和六二年度版の漁業白書であり、当然のことながらその記述内容は六二年度の状況に基づくものである。一方、米国水域での違法操業事件が大きく新聞報道されたのは昭和六三年一月及び八月である。後述のように、ベーリング公海を規制すべしとする米国からの圧力は、これらの違反を契機として大きく高まつたのは紛れもない事実であり、六二年度版の漁業白書の記述をもつてしては、なんら有効な反論とはなり得ない。

2 ベーリング公海の規制をすべしとする米国からの圧力は、違反を契機として次のように高まつたのである。

(一) まず、本年一月一二、一三日に米国漁業者が我が国漁船の違反事実を明らかにすべく、飛行機をチヤーターし、八隻の日本漁船の不法操業実態をビデオ・テープに収め、これを証拠に、米国政府及び日本政府に対し、その実態を訴えたことに端を発し、三月一六日には米国上院商業委員会公聴会で違反操業が取り上げられ、三月二一日にはベーリング公海操業の全面禁止(モラトリアム)を求めるスチイーブンス決議(<証拠略>)が、上院本会議において反対ゼロで可決され、米国内で違反操業とベーリング公海操業禁止が大きな問題として取り上げられることとなつた。

(二) 更に、四月一八日から二二日にかけて開催された米ソ包括漁業交渉の場においても本問題が取り上げられ、ソ連も本問題に注目し始めるようになつた。

(三) このような動きに対し、水産庁は米国からビデオ・テープを入手して画像解析を行い、その結果、米国から通報のあつた七隻の漁船に、新たな一隻を加え、八隻の漁船を違反と認定しててい泊処分を課すとともに、取締りの強化と漁業者への指導の徹底を図つたところ、本問題に対する米国内の動きは一応の鎮静化を見るに至つた。

(四) その後、八月一七日に本件違反事件が新聞報道されたことから、違法操業問題は再燃化し、八月一七日にはヤング下院議員が米国海洋大気庁に対し、日本からの水産物輸入禁止を規定するペリー修正法を発動するため、商務長官の証明を行うよう申し入れた(<証拠略>)ほか、八月一九日には米国国務省から在ワシントン日本大使館に対し、違反船関係資料の提出、米国取締官の日本への派遣受け入れを要請してくる等、米国内では前回に増して大きな問題として取り上げられることとなつた。

3 また、申立人らは、米国側にしてみれば、単発の違反操業に対する日本政府の処分の当否といつたことには余り関心がなく、その背景としては、日本国内に底魚の闇市場があり、組織的な違法操業が行われているため米国から日本向けに輸出される底魚の値段が上がらないのではないかという米国側の根強い疑惑があると主張している。しかしながら、闇市場問題の解決を図ろうとするのであれば、その供給源である不法操業が問題視されることは当然のことであり、この点からしても、個別の事件について米国側は余り関心がないとする申立人らの主張は不合理である。

また、申立人らは、その理由として、九月二八日米国北太平洋漁業管理委員会(以下、「RC」という。)において本件行政処分の前例のない過酷さを強調したにも拘わらず、米国側からさしたる反撃もなく、本年一二月六日以降のRCにおいても、米国側から何等の質問もなされなかつた点をあげている。しかしながら、本年九月のRCの場で、本件処分を報告した際には、その場で多くの質問が出されたのに止まらず、その場では討議しきれずにRCから日本政府に対する質問状が作成され、水産庁に対し、その回答を求めてきた。一二月RCの場においては、緊急を要する一九八九年の漁獲割当問題、米国内漁業調整問題に多大な時間を費やしたこともあり、本件問題が議題としては取り上げられなかつたが、RCに対する回答書を手交した際にRC議長は、その回答文を検討のうえ必要に応じ再度質問する旨発言している。そもそも、九月、一二月のRCがこの程度で済んだのは、我が国政府が精力的な調査を行い違反漁船に対して厳正な処分を課したがためであつて、本件が未処理であつたならば、その圧力は現在以上のものとなつていることは明らかである。

4 なお、申立人らは司法権と行政権の分離が明白な米国において、日本の裁判所の命令で行政処分の執行が停止されたからといつて被申立人の述べるがごとき米・ソと日本国との関係に悪影響があるなどということはない旨主張する。しかしながら、右主張は、法理念と政治的影響とを混同した議論であり、その失当たるは多くを語るまでもない。

執行停止を決定するのは日本の裁判所の権限であり、それ自体が米国等から干渉を受けるべきものではないことは国際法上の国家主権の理念から自明であり、米国内における三権分立とは何ら関わりのないことである。ひるがえつて、当該決定を不満として、あるいは当該決定によつて米国の漁業利益が損なわれると考え、あるいは我が国の漁業管理能力に不審を抱き、米国政府、議会及び漁業関係業界が我が国漁船のベーリング公海締め出しの動きを強めたとしても、これまた米国内の三権分立の原則と何ら関わりのない政治的事実(政治情勢)にすぎない。これまでの米国政府、議会、業界の動きにかんがみれば、当然そのような動きを強めてくることが予想され、我が国の漁業に深刻な影響を与えることが懸念されるところであり、それ故にこそ被申立人は「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。」と主張しているのである。

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